あまり占いの類いは信じないのだけれど、『 シニカル・ヒステリー・アワー』の玖保キリコさんのイラストに惹かれて文庫判『相性まるわかりの動物占い』(小学館)』(おそらく年代的にコレだと思われる)を購入し、生年月日から自分のどうぶつのページを開いたら冒頭からその通り過ぎて笑ってしまったのを覚えている。
「1日中ユーカリの木の上でじっとしているコアラのように、ぼーっとする時間がなくちゃ駄目。ぼーっとしている間にパワーを蓄えます」
思えば、専業主婦という仕事を選択したのも必ずこの “ぼーっとする時間” が担保されるからだった。
それはわたしにとって何にも変え難い大切な時間だ。
スーパーに買い物へ行くついでに図書館に予約した本を受け取り、出口の桜の木の枝振りをぼーっと眺める。
帰宅して借りてきた本をどういう順番で読もうかなぁと机に並べて表紙をぼーっと眺める。
この本を読むには何を飲もうかなぁとコーヒーや紅茶の入った戸棚をぼーっと眺める。
ポットにお湯がグラグラ沸いて湯気が上がっていくのをぼーっと眺める。
コーヒーにミルクを注いでスプーンで混ぜずに自然にゆっくりとカップの中で茶色と白が混ざっていくのをぼーっと眺める。
まぁとにかくぼーっと何かを眺める時間が至福なのだ。
しかし、緊急事態宣言で夫がリモートワークになってしまって以来、わたしのパワーはたまの出張の際にのみ充電される仕樣となった。
「あなたの1日の生活ぶりを見ているとぼーっとしてる時間が長過ぎる。ぼーっとしてもいいけど効率が悪いから時間割りを作りなさい。その通りに家事をやってから思う存分ぼーっとしなさい」と至極真っ当で何も言い返せない正論をリモートワーク開始1週間目に言われてしまったからだ。
時間割り。懐かしい響きだなぁと思うと同時に、嫌いだった学校生活を思い出して少し憂鬱になった。
何か違うんだよなぁ。と思ったが、リモートワークの合間にExcelで時間割りを作ってくれた夫にそんなことを言い返せるはずもなく、今に至る。
夫のたまの出張日。
炊き込みご飯をおにぎりにしてゴマ油をハケで両面に塗って小さいフライパンにならべる。
弱火でパチパチと音を立てて香ばしい香りがふわんとキッチンに漂うのを用意したイスに座ってぼーっと眺める。
少し焦げがあった方がおいしいので、ぼーっと眺めるのが良いのだ。
ぼーっと眺めたら裏返して、またぼーっと眺める。
しあわせだなぁ、と思う。
どれだけぼーっとしても誰にも何も言われない。
そうしてる間におにぎりは焦げていくので、火を止めてお皿にフライ返しで取り出す。
適当な大きさに切ったアルミホイルを二つ折りにしておにぎりをつかみ、キッチンのイスに腰掛けたまま頬張る。
喉が乾いたら愛用のサーモスに入れている黒豆茶を飲む。
これがいちばんおいしいブランチだと、今のところ思っている。
(二日酔いの日なんかはおにぎりをお椀に入れて、あったかい鶏ガラスープを注いで食べるとやさしいおいしさで罪悪感が帳消しされる)
いちばんおいしいブランチを知っているわたしはストレスはあるけど不幸ではないのかな、とその瞬間は思ったりする。
キッチンでピクニック。不幸との距離は遠くなる。
夫の帰宅時間が近付くにつれ近くなる。
だから、夫の好物が一つもない献立を作って調整する。
自分の底意地の悪さに笑うけど、不幸のおすそ分けをしたってたった二人だけの家族なんだからいいだろう。