今日の良かったこと
*苦手なスタッフがいなくて楽だった
*気になる人と会う約束ができた
*友達の行きたい場所を誕生日プレゼントにできそう
*トンテキがまぁまぁ柔らかく焼けた
*0時前に寝れそう
今日は全体的に穏やかな日だった。
朝も、いつもより早い電車に乗れた。苦手なスタッフが休みだからだ。
歯の食い縛りが始まりそうで不安だったんだけど
(昔、食い縛る癖が直らなくて、毎日顎が痛かった)
なんとか持ちこたえてる。
ストレスに負けない。
今日の良かったこと
*苦手なスタッフがいなくて楽だった
*気になる人と会う約束ができた
*友達の行きたい場所を誕生日プレゼントにできそう
*トンテキがまぁまぁ柔らかく焼けた
*0時前に寝れそう
今日は全体的に穏やかな日だった。
朝も、いつもより早い電車に乗れた。苦手なスタッフが休みだからだ。
歯の食い縛りが始まりそうで不安だったんだけど
(昔、食い縛る癖が直らなくて、毎日顎が痛かった)
なんとか持ちこたえてる。
ストレスに負けない。
今日は程よく暖かくて秋だなぁと感じられる気温で過ごしやすかった
昼寝をしたくなるような気持ちよさで病院から帰ってきてなにもせずにゆっくり過ごしてしまったけど許されると思いたい
ここ最近は予約の時間より少し早めに呼ばれることが多いから残りも早く呼ばれるのかな?
あと3回がんばろう
どこ行ってもほぼ嫌な思いしてきた
安心できなかった
いい加減にさ安心したいわけで叶うならこれからの毎日は
笑って楽しい毎日を過ごしたいよ
なのに
だらくさなのは自分のせいなのにまるで押し付けるように
責任を一方的に押し付けられる
自分の言動は自分で責任を持ってくれない?
甘やかしたお前が悪いなんて責任を押し付けないで自分に
厳しい人間なら自分を甘やかさないでしょ
もうあの人はいい歳だ、責任転嫁は止めてくれ
息子がわからないと言っている算数の問題があった。
もう1人の息子がサッと近寄り、立て膝をついて解説しだした。
制服の短すぎるズボンからたっぷりでた太ももに爪で筆算を書く。
ガリレオか。
乾燥気味の太ももには、ちゃんと計算式が残ってた。
実におもしろい。
毒親→老害→痴呆
両方こんな親だった。
自分も遺伝してしまっている可能性が高い。
自分自身で自分を戒めねば。
最近気分が晴れないけど、ちょっと散歩がてらに近所のショッピングモールへ。
服などを見て、いつもと違うスーパーを見た。
高すぎることもなく奇抜なデザインでもない国民的衣料品店とでも書いとけばいいかな?平日なのにけっこう人がいた。このレジに並ぶくらいなら買わなくていいや〜と思って店を出た。
いつもと違うスーパーは中々安くて好きなんだけど1番近いスーパーというわけではないから最近は行っていなかった。
食パンとかコーヒーなどのスーパーオリジナル商品を買ったりした。お菓子も同じように見えてスーパーによってラインナップが違ったりで面白いよね。しばらく見てたかも。
そんなことをやっていたらあっと言う間に時間が経ってしまった。
気分がパッと晴れたわけではないけど、余計なことを考えている時間が減ったのは良かったかも。久しぶりに買った食パンが明日の楽しみだ。スーパーのパン屋ってなかなかクオリティが高いけど普通のパン屋よりは安くて好き。
お祝いしたいから飲みに行こう。と連絡がきた。
◯◯←大衆居酒屋 ってわけにもいかないから、どこか希望ある?と聞かれたので、◯◯で充分だと答えた。
すると、ちょっと考えます。と返事が来た。
数日後、何軒かお店の候補を送ってくれた。
その中に ◯◯が入っていた。
私は Aか◯◯で。と返事した。
すると、◯◯にしようと返事がきた。
意味わからん。
◯◯は大好きなお店だけど、はじめに ◯◯というわけにもいかないと はじめに言ったのダレ?
もう無理。はじめから、お祝いの席に大衆居酒屋っていうのもなんだかなと思ったけど、◯◯にしよう!って言えばいいじゃない。
せこいな と感じた。
大衆居酒屋がだめなのではない。
この話の持っていき方が 最低。
お祝いしたいと言ってくれたのは そっちなのに、なんか全然うれしくない。
これって私だけなのかな、、、。
兄弟姉妹が比べられる、というのはよくある話である。
私たちは知らないうちに友人知人の兄弟姉妹の情報を得ている。情報を得れば比較してしまうのは自然なことだ。そして、その比較の多くは比べられる側としてはたまったものではない。
さて、私には一人兄弟がいる。
しかし思い返してみると、私が兄弟と比べられたこともなければ、兄弟が私と比べられたこともない。あるとしても家族にぽつりと言われたくらいで、気に留めるほどのものでもない。
何故だろうと一瞬疑問に思ったが、答えは非常に簡単に出た。
私も兄弟もそろって不登校だったからである。
不登校児の情報など誰も知らない。よって、誰も比較しない。
そんな過去がありつつも、私達は(紆余曲折あれど)普通に社会に出る。社会は学校と違って兄弟姉妹のことなど気にしない。というか、興味を持たれない。私に兄弟がいることすら知らない人間のほうが多い。私にとってはよい意味で他人に無関心である。
比べられたことのない私達は、当然コンプレックスを持つことなどなく、むしろ不登校である過去が同じなのと共にいる時間の長さによって、大人になっても仲良し兄弟となった。
正直な話、私より兄弟のほうがよっぽど頭の出来がよいので、仮に学校に行っていたとしたら散々比べられたものだろうと予想している。その点では、不登校でよかったのかもしれないと思った。
日常の中に刷り込まれたことって
ほんと
すごい。
いつからだろ?
小学校くらいだった気がするけど...
もっと小さかったかな?
5時のチャイムがなるようになった
でっかくて、、ビクッとする感じで始まったけど
いつの間にか
それに合わせて帰る、、という子ども時代を過ごしたり
その後もなんとなく
あー
5時かぁ
とぼんやり思う。
もっと大人になってからは
季節が変わることと、曲が変わることで
子どもの頃の記憶がふっと浮かんだり
これが当たり前になってて
うるさいとも思わないのに
習慣?てすごい
うっかりミスによる失敗も落ち込むけど、余計なことをして失敗してしまったショックのほうが自分の中で負の要素がジワジワ拡がってより落ち込む。
あんなことしなければ‥何もしないほうが‥ってずっと思ってしまう。
こういうタイプの失敗をすると、親に「気が利かない!」と言われた出来事を思い出す。よくある会社の親睦会のバーベキューみたいなので社員の家族も参加する会だったと思う。
小学校高学年くらいかな?食べたいものが取れずにゴチャゴチャ言ってしまったのは悪かったかもしれない。でも、そのときに「気が利かない!」とバシッと言われたと思う。親としては自分が食べるよりも周りに気を配り食べ物や飲み物を配膳して欲しかったんだと思う。「出来る娘さん」って言われたかったんだろうな。
この「気が利かない」ってのが何十年経っても何かにつけて蘇ってしまう。気が利かないと思われたくなくて余計なことをしてしまうけどやるべき事はそれじゃなくて‥というなんとも言えない負のループ。
ここから抜け出したいんだけど、気が利かないと思われたくない!気を効かせなきゃっていつも思っているような気がする。本当は仕事も人間関係もそれだけじゃないってわかってるのに。
だからなるべく関わらない何事にも。と思っているけどいざというときに変なスイッチが入って押してしまうの繰り返しかも。
このスイッチを壊したいけど壊れないのが悩みかも。
気にしないようにしていても気にしてるんだな。何かに関わらないという対処療法しか無理かも。答えが出ないな