晴れてるけど干す作業が面倒に感じられて乾燥機能使ってしまっている。朝からなんとなく頭痛で薬飲んでYouTube見ながら少し寝たら治ったかな。
でも、まだぼーっとする。そして、電子書籍で読んでいた本が意外と早く読み終えてしまって次に何を読もうかなんて思っている。
私の読むスピードが速いのではなくて、"読了まであと1時間"という表示を信じてたら、本編じゃなくて、あとがきのようなものを含めた表示だったらしい。あとがきというか、作者と誰かの対談みたいなものだったので、あまり興味が湧かないのでスルーしちゃいました。
電子書籍にしてから前より読書のハードルは下がったけれど、本の厚みがわからないから、昨日みたいに思ったより速く読み終わったり、あとがきの存在感が薄かったり、逆に読んでも読んでもまだ終わらないとかもありますね。それがデメリットという言い方をすればそうなのかもしれないけど、デメリットというほどでもないような気がする。
乾燥が終わったみたいだけど、あまりキチンと乾かないと気がするから今から干そうかな。
今の状態、王様の耳はロバの耳という童話だなーと。
童話のように気をつけないと最後はバレるから、ブレーキは意識はしてますが⋯
でも言いたくてたまらないことって、だいたいは言っちゃいけないことですよね。それをみんな抑えながら、私は押さえたように見せながら生きているのですが⋯
誰もいなさそうで誰かいる場所って自分の内面のこと、かなり吐露したような気がします。そして時々共感してもらいながらなんとか立っている状態ですかね。
羨ましい=嫉妬ではないんだよね。
それをわかっていない人がけっこういるんだなと思う日々です。
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色々振り返ると体調がおかしいときって隣にストレスがあることが多い。
人間は、ほどよいストレスがあったほうがよいとも聞きますが、その、ほどよいってのがなかなかないんだと思います。程よいストレスがなくてダメな人間になったとしても、過度のストレスがないほうが私は良いですね。
家で1人って素晴らしいな。
それだけでエンタメになる。一番安上がりで最高な娯楽かな?⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀ ⠀
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最近は300円ほどで使えるマッサージ機を使うのがブームです。
けっこう効くのでもっと使いたいけど、人通りの激しい場所に設置されてるものもあって、それは惜しいなと思ってる。
極端な意見だとは思うけど、自分が通りたい場所や使いたい場所にいる人って相性合わないと思っています。
昨日、知らない人が使おうと思っていたATMのところに立っていたんです。機械を操作しているわけでもなく、そこの前に立っている。心の底から「邪魔」と思ってしまいました。
自分が使おうと思ったら使われていた、もしくは使おうとしたのに寸秒の差で入り込まれたというのも人に対しても基本的には相性は合わないんだろうなと思っていますが、昨日のATMの前に立つ人には、きっと何処かで出会って人間関係が始まったら壊滅的に合わないんだろうと。
もちろん、相手側から見たら、私が「邪魔」だし、同じように合わないと思われているのは承知ですが⋯
人生の中でタイミングを重視するようになったら、このような人々に対しても、タイミングが合わないという部分に重なって拒否したくなるのでしょうね。
こうやって自分の基準を決めておくと、イライラ度とかガッカリ感とかが少し減って、無理矢理にでも納得出来るんです。
あの人、きっと合わない人だな、話してもいないのにわかって良かった。と自分が通りたい道にいて通れないときもそう思えて落ち着ける。
誰かから見て極端でも、それを正しいと主張しないで自分のためだけに使える法則はこれからも使います。ここでこっそり置いておくくらいに。
好きな芸能人とかアーティストとか、逆にちょっと苦手なタイプのそういう人たちとか、まあ誰にでもあると思うんですよね。綺麗事抜きで言うと。
で、不思議なんだけど、自分の周りにいる自分の苦手な人や嫌いな人って自分が苦手な芸能人を好きだったりしません?逆に自分が好きだなと思っている芸能人とかを、その人は嫌っていたりすることもある。
こういうのが不思議だなーとは思う。やっぱり気が合わないんだなって確信にもなって良いとも思う。
ただ、ライブなんか行くと、ここにいる全員と気が合うわけでないんだよなーと思ったりもするので、好みと性格の合うところが重なり合うのも稀だなと思うのです。
暑さは少しは落ち着いたとはいえ、まだアイスコーヒーからホットコーヒーには切り替えられるほどではないので、まだ夏。
母がある俳優のことを「食べ方の演技がわざとらしい」と言っていたことがあります。私はあまりそうは思っていなくて、適当にその場は何か答えて終わったと思う。
元気で可愛らしい雰囲気のその俳優が、数年後にはさらに洗練されて綺麗になったなと思ったので、母との何気ない会話でさらりと思ったことを伝えたら、無視されたんですよね。
なんてことない状況だけど、母はこの俳優が嫌いだったんだなーと。
「可愛いくない」とか赤ちゃんに対しても容赦ないっていうか。その赤ちゃん、とても聡明で品があって、発光しているようなオーラがすごい方に成長されてますよ?なんて思いますが、母が生きていたらなんというのでしょうか。昔は可愛いくなかったけどーなんて上から目線で言うのでしょうね。
私、母のこういうところ苦手なんですよね。昔からというか、亡くなって数年経ってそれに自分が気づいていったという感じです。家族だから気が緩んでそんなことを言うのかもしれませんが、人を貶すような言葉をコミュニケーションの一部として使ってくる環境を与えられていたということに、その時は感じなかった疲弊が後から追いかけてくるような感覚が現在ですね。