最近思うことがあって、人は亡くなったらどこへ行くんだろうと思って父さんが亡くなったのをきっかけに考えてみた。私は霊感はそんなにないが少しはある方かなと思っている。こないだ父さんの似顔絵をふと描いてみたんだ。まあまあ似てたんだけど、絵に描いた父さんはそこに生きているように私には見えた。私は父さんと縁がなくて離れ離れになっている期間の方が長かったから話した記憶もそんなにない。だけど顔は覚えているから描いてみたら、紙の中に父さんがいる!!と思ったんだ。それは絵になって。それは一つのキャラクターになって。紙の上だけれど確かにそこに存在していた。紙に宿っていたんだよね。不思議な感じだけど楽しかった。生まれ変わりももしかするとそういうことなのかもしれない。姿かたちは同じではないけれども他の物、別の物に宿る。中身が物体に宿る。そうやって転々と渡り歩いていくのかもしれない。キャラクターになった父さんは、可愛かったです。
もう一つ、最近思ったことがあって私はディズニーランドが昔から大好きで大阪から頑張って通ってた時期もありました。最後に行ったのは2010年、震災前です。震災後は、行っていません。行けませんでした。行く気持ちになれなかったからです。現在もコロナで世界は大きく動いています。ディズニーランドに行く日はいつかくるのかな、それとももう、こないのかなとニュースを見ていて思います。私が昔集中的に通っていた時期は主に90年代半ばでしたが、気づいたことがあります。私が行っていた時代に働いていたお兄さんやお姉さんは、もうおそらく働いていないんだろうなあということです。
ディズニーランドのキャストと呼ばれている人たちはアルバイトが多いと聞いたことがあります。子供だった私は親切なお兄さんとお姉さんが大好きでした。今もお兄さんとお姉さんが働いているんだけど私の方が年上になった。ディズニーランドはそこにずっとあってアトラクションも動いていてパレードもやっていてミッキーマウスもいる。だけど人は変わっていく。中身が変わっていく。働いている人も来ているお客さんも変わっていく。ああ、そうやって人もつながれていくんだなあと思ったんです。ちょっと輪廻転生に近いかもしれない。歌舞伎や伝統芸能にも近いことが言えるのだけど人は変わっても受け継がれていく物があるんだなあと思ったのです。人の思いも伝承されていく。ディズニーランドにいつ行けるのかなあ、そんな日はくるのかなあなんて考えていたら、ディズニーランドはそこにあって変わらないのにそこにいる人は変わっているんだろうなということを思ったときに物悲しくなったのです。伝承されているのに、少し違う。同じ物を見ているはずなのに、以前とは違う。同じ物でも中身は別の物。別の存在になっていくのかなと漠然と思ったのです。
わかりにくい話でしたが、抽象的過ぎてごめんなさい。だけど自分は何故か物悲しくなってしまい、同じ物なのに少し違うのかなと。たとえば生まれ変わって輪廻転生があるのだとしても同じ彼と彼女なんだけど以前の彼と彼女ではなくなっているのかなと思ったのです。