2022.11.18Fri
非表示 20:27

仕事で久しぶりに激怒するようなことがあって、あーもうこの人ダメだわってめっちゃイライラしてたんだけど、1時間もしたらどうでもよくなってきたわw
ムカつくというか呆れるレベルまで達した感じ。


非表示 13:55

今晩、外食するから お昼食べないぞ!
と朝思ってた。

でも、お昼食べた。

めっちゃしあわせ〜。

しあわせだなぁと感じながら食べられたから、体重増えても気にしないようにする。

しあわせは大切!
ささやかなしあわせ。


非表示 09:04

昔と違って心を開いていない代わりに負担もかけないからさ、感情をほじくり出そうとはしないで欲しい。もし、あなたにとっていらないものをほじくり出しちゃったとしても、それは自分の責任だから後始末だけはちゃんとお願いします。

2022.11.17Thu
非表示 21:24

忙しくてお昼を食べる暇もなかった。
でも、チョコレートは食べたよなぁ。
ならいいか。
まだ頑張れるよ。

またね。


非表示 13:43

約3ヶ月、1日1食の生活をしていた。(1日2食の日もあったりするので、ゆるーく)

結果、特に痩せなかった。

コロナになって、食事を摂ることができず、お酒も飲めず、痩せた。
1日1食にしても痩せなかったのに、やはり病気はおそろしい。

今は元気に過ごしている。コロナで減った体重も元に戻ってきた。

1週間ほど寝込んで、回復して、食事を摂ることにしあわせを感じて、1日1食をやめてしまった。

1日1食を続けていたときも、特に苦はなかったのだけれど、元々食べることが好きなので、ストレスだったのかなぁ。
でも、苦ではなかった。本当に。

外食する日は、1食にしようかな。

痩せたい と囚われている自分を解放したい。


非表示 05:51

違いますよ〜。そうですよね〜。とか敬語として使ってたけど、ダメなんでしょうかね?
20年以上前の若造のとき、こんな感じでバイト先の上の人や、先生なんかと話すとたまに「違います。だろ?」とか「そうです」に直されてたんだけど、他の子がもっと砕けた感じで「違いますよぉぉー」とかもっと砕けて「そうだよねー」みたいに言っていても何も注意されていないどころか、楽しそうに話してたりするからムカッとしてましたね。
でも自分なりに、違いますよ〜と“す”の部分が発音されずらいのかな?とか色々考えたこともあります。そうなると相手には『違いま(す)よ〜』→『違うよ〜』のようにタメ語変換されてたりするのかもしれないとか。確かに声低いし、相手が耳が悪ければ聞こえてないのかな?とか。
単純にタメ語使わないようなキャラなのに、タメ語使ってきたように聞こえてムカつかれたとか色々な要素があるのかもしれません。他のハッチャケギャルはもっと砕けても許されていましたからね。そしてもっと単純に言うと嫌われてたのかもしれないですね。ハハハ
同じ事をしても怒られるとか、注意されるされないとか大人になってもいっぱいあります。そして、私は怒られることが多いほうだと思ってます。自分が悪いのか?とか、昔は分析してたり、まともだったんだなと突然思い出しました。そうです、もう反省すら面倒になってしまって悪い大人になりました。正確に言えば、理由がわからない事について反省することをやめたとも言えましょうか。でも、それがいいのかなと思ってます。理由がわからなければ改善出来ないし、時間の無駄になるだけですからね。そういうもんだと生きていくしかないです。理由がわかって納得出来れば反省してやってもイイゼと上から目線で書いときますか。


非表示 00:27

小さな良いことがあり。
小さな悲しいこともあり(笑)。
100%自分のミスだし、少額ながらお金はかかるが取り返しのつくことなのでま、こういうものかとあまり気にならなかった。

私はミスが多い。焦って失敗をするパターンが多い。
合っているのに自分のことを信じ切れず間違うことも多い。
小さいころ、あまりに同年代の子と比べ自分がずれているように思え、そういう障害なのではないかと悩んだこともある。
発達障害の可能性も、正直考えている。
オトナになった今、今更とも思うが
やはり病院に行って診断を受けるべきかなと思いつつ
どちらにしろ障害はある種の個性でもあり、診断を受けようが受けまいがその個性と今後も長く付き合っていかないといけないことには変わりはないのだから
とりあえずはまあ、いいかという気持ちもある。

めんどいからじゃないよ

2022.11.16Wed
非表示 10:17

本音を言えないことよりも、本音をほろりと出してしまったときに、言わなきゃ良かったという後悔に苛まれることのほうがきついなぁと感じるこの頃ですよ。


◇◇◇

非表示 02:22

自分の書いていたものをぼんやりと見返していて、一番始めに「彼はもう厳しいかもしれない」と告げられたのは、あぁ、5年も前だったのか、と思い出した。
あれから、餌を変えたり注射をしたり色々やったつもり。

今年の7月に、彼との生活は終わってしまった。
今でも、ふと彼を看取ったときのことを思い出してしまっては、ひとりで無様に泣いている。
彼は幸せだったんだろうか。
私に飼われてよかったんだろうか。
わからない。
わからないな。

2022.11.15Tue
非表示 22:46

出張の前や、大きなイベントの前に「行ってくる」の連絡。
いつも「元気に、張り切って行ってらっしゃい」と返す。
距離も遠いけれど。もうずいぶん会えていないけれど。
とにかく元気でいろよ、と思う。

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