わかった。人間関係なんて切るか切られるか、その瀬戸際で交流すべきなんだと。
イヤだと思えば離れればいいじゃんという人達が理解できなかったんだけど、そう言う人らはきっと最初から相手に深入りしようとしない。わたしは今まで他人と付き合うということが、そういう人らが言うところの「深入り」レベルだったんだろう。
深入りしない。
深い話はしない。
そうすることで表面的な関係でいられて、切っても切られても痛くもかゆくもないのだ。
人はみんなそれぞれ「大きな岩」を抱えていて、それを見せないように振舞う。
岩は心の内側に抱えるもの。どういうものでもいい。好き、嫌い、つらい、怖い、なんでも。
深入りするのはその岩をくだいてちょっと見せてくれない?というようなもの。
そしてそれは弱みを見せてくれというようなもの。
私はいつもつらくて、それを聞かれたら全部見せていた。
重いのを持ってるって知ってほしかったのだ。そうして助けてほしかった。
けれど、いつもそれは馬鹿にされた。好きでも嫌いでも、なんでも見下された。
見下すほうが悪い、と理想論をうたう言葉に騙されてきたけれど、何でもない。心の内側を簡単に見せたほうが悪いのだ。
ようやくわかった。
人生の墓場のような場所にきて、ようやく。
遅い。