朝から美術館に行って、ランチをテイクアウト。
とてもよい企画展で、ワンプレートごはんもおいしくいただいた。
その後、やっと洗車にも行けて、この時期恒例の豚汁も満足の出来。
先月の不調を思えば、なんと充実の1日!
そして数年ぶりに、また水辺を歩きたいなんて思っている。
朝から美術館に行って、ランチをテイクアウト。
とてもよい企画展で、ワンプレートごはんもおいしくいただいた。
その後、やっと洗車にも行けて、この時期恒例の豚汁も満足の出来。
先月の不調を思えば、なんと充実の1日!
そして数年ぶりに、また水辺を歩きたいなんて思っている。
土曜日の、まだ20時で、1人で何したらいいかわかんないや…。
勉強したらいいんかもしれないけども。
そんな気分じゃないよー
私と同い年か少し下くらいかな?と思っていた女性が、なんと10歳以上年上だった。
びっくりした。
ほんとにみずみずしいの。
ほんとに健やかでハツラツとされていて、こんな健康的に歳を重ねたいと思った。
若いですねとは絶対に言わないようにしているけれど、
若いということは、
健やかですね みずみずしいですねという
言葉の意味があるのだな と感じた。
可愛く健やかに年を重ねたいな。
ひとつひとつのシワも愛せるようになりたい。
勢いで遠出。帰りながら途中下車して遊んでる状況だけど、まあ楽しいからいいか。気分がめげることが多くて嫌になるし、テンション高くなることもあって自分に疲れる
スープを飲んでる。
乾燥固形型の。めっちゃおいしい。
しっかり味がついてて、スープジャーでほろほろと溶かして飲むだけ。
スープは心と体を温める。自分で思いついて、いい言葉だな~と思ってしまったのでここに置いておく。スープいいなぁ。もう粉末でもなんでも温かい飲み物っていいね。
とある小説を読みました。面白かったけど、内容的に面白疲れ?みたいになって頭痛もしてきたので、そこがシンドかったです。
色々な角度からの感想が湧き出できて、何をどうまとめればいいかわからないです。でも、みんなから好かれてる人を嫌いになるってキッツいよねぇ?という気持ちはかなり残っていたので、そこの部分って、あからさまに嫌われるだろう人を嫌いになるより心にくると思ったのです。
自分も似たような感覚あったなぁと思い出します。自分の気持ちをわかってくれそうな人にこの気持ちを言ったことがあるんです。
「それって嫉妬」こう言われました。誰かに打ち明けても結局私の感情の問題で処理されちゃうんですよね。私の捉え方が悪いということ、それが嫉妬という言葉で片付けられる。これはショックな出来事だったので、自分の中にずっと残り続けるのかな?と思っています。
その人、謙虚な自分を表面に出すのが上手いタイプでした。誰にだって謙虚な部分ってあると思うんです。そういう部分を自分で抽出して外に出す能力が長けていると私は感じました。でも、周りからは本人の性格で滲み出るものだからといって受け入れられてました。
何故、そう思うか?「ごめんなさいとありがとうが言えればそれで良いと思います」というのを仕切りに使ってる人でした。その言葉は私も大事だと思うんです。でも、ごめんなさいとかありがとうを心から使うというよりは、それらの言葉を駆使してうまく生きているようにしか見えなかったんです。
よくごめんねーありがとうーって言われてましたけど、それをいうことで自分の思うようにスケジュールを組んでたり、自分は何も調整しないのに周りが動くしかなくて、私はそこでかなりモヤモヤしたので覚えています。
友達だったんですよね。だからその人に実は『ごめんなさいありがとう』で支配されてんだ‥って気がついたらもう好きには戻れなかったんです。ずっと支配されてたよねと思う場面がいくつも出てきてもう友達ではないと思ってしまったのです。
でも、ちゃんとお礼や謝ることが出来て、いつも笑顔で、お菓子とかパンとか作ってるような人だったから嫌いになる私が悪いんだと思います。作ったお菓子やパンに添えられる言葉や振る舞いもなんか好きじゃなきゃなかった。気遣いや優しさ染み出てるところが無理でした。それが本当のものでも作られたものでも私はもう受け付けなかったのです。
ごめんなさいやありがとうはその人からはもう言われなくなる距離感になって、ホッとしています。嫉妬していると単純に決めつけられなくなっただけでも私の中では平穏です。
そんなことを色々思い出してしまいました。小説の感想というよりは自分語りですね。でも、小説の名前は出してないからまあいいか。
この数年、ずいぶんとひとりの時間を過ごしてきて、なんだか弱々しくなった気がする。
これからまた誰かと笑いあったりできるのだろうか、などと思っては、それでもまわりに話しかけることもできないまま。
けれど、思い合うということをしていきたい。
今はその範囲が、とてもとても小さいだけ。
これから小さな範囲を広げていきたい。
お互いに、大切にしている、されている実感が、あるのがいい。
自分にはカンタンではない、そういうことを、自分がだれかにできる人になろうと思う。
大人しかいない家の中で、だれかの苛立ちが飛び散っている。
子ども時代の反抗期とも違っていて、こういうのに子どもも大人もなく、この先、おばあちゃんになってもあるんだろうなと思う。
今はもう、だれかの苛立ちはだれかのものでしかなく、私は私で明日体を冷やさないようにと湯たんぽを沸かし、冬の下着を出して、と明日に備えるのみだということ。
自分の好きなものを周りの人にも好きになって欲しい人って意外と多いような気がするのです。
で、その最上級に厄介なのが、相手はソレが嫌い苦手だと言ってるのに、好きにさせようとする人達です。
なんで自分が好きなだけで満足出来ないんだろう?好きなものってとことん自分を癒やしてくれるし、高揚させてくれるし、時には励ましてくれたりします。
自分だけで完結して、こんなにも色々な効能があるのに、わざわざ人に押し付けるようなタイプが本当に理解出来ないのです。
誰かが好きなものが私の嫌いなものだったとしても、わざわざ嫌い!なんて言いたくないです。でも、言わないと巻き込まれそうになることが多くて、ソレ嫌いソレ無理みたいに言うこともありました。今は巻き込まれそうな時だけですよ。
今はと書いたのは‥昔は自分の嫌いなもの話題が出ただけで、ソレ無理!みたいな感じを出してしまっていたこともあるかもしれないからです。反省しています。まだ巻き込まれるかわからない段階でそのカードを出すのは反則でした。でも、あまりにも巻き込まれることばかり多くてキツかったんだと思います。若い時のワタシ、お疲れ様。それなりに頑張ったんだね。もう、若い時のような反射神経はないし、そもそも人と何かを語り合うことも減ってるから今が1番生きやすいのではないのかな?そんなカードを出す機会もなくなって穏やかです。
でも、ソレ無理!を使わないと決めたわけじゃないのです。自分の心身や時間を守るためには遠慮なく使います。ほとんど使わないぶん、昔より1枚の威力は高くなりました。そういうもんだと思います。
クライアントとのセッション、今日は二コマ予定してたけど、
1人はリスケ依頼が昨日来て、もう一人は直前キャンセル。
リスケ依頼も直前キャンセルも、仕事が他の日にしわ寄せがくるのを考えると
本来はきついし、関係性が出来てなくて、しかも、当たり前のように言ってくる
クライアントだったら(内心)ブチ切れ案件だったけど、
どちらも丁寧な謝罪があったし、付き合いも長いので、むしろ
「ありがとー!」と思ってしまった。
仕事柄仕方ないけど、夜寝る前に仕事のラッシュが来るのはきついのよね。
朝は朝で事務仕事に集中したいし、昼はオフだから邪魔されたくないし、
かといって夜はもうお休みモード入ってる。
通話セッションが無ければこの仕事天国なのに、と思うけど、そうもいかないし。
二コマともまるっと空いてくれたおかげで、今日、ゆっくりお風呂入って
早く寝れるのが嬉しい。
ありがとね。今日はもう寝ます。