小学4年生になったタイミングでまた新たな学校に引っ越した。また…というのは、これが3校目の学校だからだ。
この3校目の学校には6年生の夏くらいまではいた。私の小学校人生で1番長く通った学校ではあった。
4校の小学校に行って、この学校が1番マシだったかなと。4年生になるタイミングだったので、他の転校生もたくさんいた。転校生待機室といって、各学年の転校生がそこに集められ始業式でお披露目される。他にも転校生がいたから転校生という特別感が1番薄かった学校だったと思う。これが私には良かった。おそらく転校生が良く来る学校だったんだろう。今思えばだけど転校生への扱いが手慣れている感じだった。
そんな感じで比較的すぐ馴染んだと思う。いじわるな人もいたし疲れる先生もいたけど、そういうことを含めて1年時からいたように過ごせた。
だけど私は6年の夏で引っ越しした。4校目の学校は転校生が珍しく、転校生という目線を投げかけられるタイプの学校だった。夏に引っ越したというのもあるけれど。
6年生という年齢的なものもあったけれど、あの学校は母校とは言い難い。他の学校もそうだけど、自分が通った学校という思いを寄せることが難しい。
風の噂で3校目の学校の卒業アルバムにも私の個人写真が載っているらしい。らしい、というのはそれを私は見ていないからだ。
名前(転校)とか書いてあるんだろうか。自分が持っていない卒業アルバムに自分が載っている可能性があるというのは、なんだか変な気分だ。もう30年近く前になるけど、私のことを覚えている人いないだろうな。
でも、私が良い意味でも悪い意味でも有名になれば、自分が見ていない幻のアルバムをテレビで見たり出来るのかもしれない。私が友達と認識していない友達がたぶん報道機関に私を提供するだろう。
でも今のところそんな予定もない。そんな予定もなく淡々と過ごしていけるのが有り難いのかもしれない。
赤ちゃん文鳥のために作ったローパーチ(自立する低い止まり木)。
最初、文鳥のお家であるプラケースに入れたら、ローパーチ以外は鳥一羽分くらいの余裕しかなくて片隅でキュッと縮こまってたんだけど、暴れた時にたまたま止まり木に止まったら、あれ?何かイケる?と気付いたのか、その後はあまり抵抗なく止まってくれるようになりました。良かった…
まだ本宅のブランコは受け入れられてない。
そもそもまだ本宅に入ってくれない。
ちょっと先が長いな…
なんか嫉妬とか後悔とかでしんどくなってきてしまった。
のんびりおおらかに過ごしたいのに。
リラックスして生きるのって難しい。
自己啓発本とか見ても「もう見た」「それが無理だから悩んでるんじゃん」「綺麗事でしょ」とばっかり思う。
斜に構えるのをやめたい。
みんなが楽しいことってないよね…
どこかで必ず誰かが我慢してる。
私はそういう我慢ばかりしてるように感じる
新玉ねぎと新じゃがいもで肉じゃがを作ると美味しいとテレビで観たので早速作りました。
素材の味を活かした〜と言っていたので、調味料を控えめにしましたが美味しかったです。
素材の味を活かすとは、必ずしも調味料を減らすということではないと思うけど、じゃあ具体的にどうすれば?と思った1日でした。
母が亡くなって数年経つけど、自分の性格が良くなったと思う。
周りから見たらそうじゃないかもしれない。良くなったと表現はしたけど、良くなった部分と引き換えに悪くなった部分もあるんだろうなと。ただ、自分が思うには、やっぱり性格というか考え方とか良い方に向かっていると思うのです。
それは母が亡くなった時期と重なっただけで、亡くなっていなくても同じように変わったのでは?という意見もあるかもしれないけど…でも、それはそうかもしれないけど、自分の中ではそう思うということなのです。
なぜそんなことを思うかというと、一言でいうと母は性格が悪かったと思います。悪い部分が多くあったという言い方にしたほうがいいのかもしれないけど。
その性格の悪さが私に染み付いていて、それが私本来の性格みたいに思っていたけど、亡くなって会わなくなって話さなくなって、染み付かされていた価値観だったんだなーと思うことが多い。本来の自分が出てきて、なんか心地良いのです。
好きなものを素直に好きでいられるし、ムカつくことに素直にムカついていられる。母が好きなものを必ずしも私が好きではなくていい、母が嫌いなものを自分も嫌いにならないでいい。
コレに気がついただけで、世界がちょっと違うんですよ。まだ気がついていない母の価値観の染み付きがあるかもしれないけど、自分は自分でいられるという本当の意味がわかったような気がします。
誰にも言えないけど、わかって欲しいという気持ちもあるから一瞬だけ登場して後ろに並びます。
こういう誰にも言えないけどこう思っているという話って、自分に合わなければ不快でしかないけど、自分に合えば物凄く励みになったりするんだよね。コレはどっちの目線を向けられるのかは不明だけど、不明だからこそ一瞬だけ先頭に。
凍り木綿豆腐でガパオライスをつくってみた。
本物を食べたことがないので、木綿豆腐であっても、比べようがない。
でも、十分、美味しかった。
普段、エスニックフードを食べることがないけど、Youtubeのvlogによく登場する料理だったので気になってたんだ。
予想以上に簡単だし、凍り木綿豆腐のアレンジができて嬉しい。
今年に入って、体調悪くて動かなかったら、かなり太ってしまったので、まずは食事から改善していきたい。
運動がまだ体力的に厳しいんだわ。
体調悪いのを食欲で乗り切ろうとした末路…。
食欲も落ちてくれればまだいいのに。
食べることは、生きること。
図太く長生きできそうな気がする。
文章の書きかた、文字の選びかた、反省しました。
題材は私の興味あることなので変えられないけれど。
人の目を意識するって大事だね。
万年筆と裏うつりしにくいというルーズリーフ、自社製品を買ったのですが見事に裏うつりして爆笑している。もう笑うしかないっていう笑い。どうしよ。お客さんから本当に裏うつりしない?って聞かれたら。ペンに寄ります!とか言えばいい?
ネーミングに嘘を入れない・端的に表現する、みたいな社内ルールがあるらしく、たしかに「しにくい」ってことは「しない」ってことじゃないですけれども。まあめっちゃ写る。ペンを使うにあたって一緒に本も買ったのだけど、万年筆ユーザーには裏うつりする、というのは結構な気にするポイントのご様子。(付け焼刃の知識だけど、気にしてみたい)裏うつりしない、それにこだわった紙づくりなど、そういう部分にこだわった物作りの世界があるそうで。
もしかして自社に文具好きがそういないのかな?種類ふやして文具コーナーを充実させても面白い気がする。
生理が続くので、婦人科受診したら、年齢的によくある症状、と言われた。
要は…更年期的な?
40代後半から、と聞いてたので、ちょっと早くない?
調べたらプレ更年期なるものもあって、動悸と生理、当てはまってしょんぼり。
有酸素運動がいいというので、ウォーキングや世界で一番楽な筋トレも試したけど、もう息切れがすごくて。
ウォーキングはずっとしてたのに、家の前の坂が上れない。
イモトのマッキンリーかな、とかふざけて思ってしまった。
女性のお医者さんがいるというので、大きな病院で2時間以上まったけど、診察室開けたら男性で、しかも、一番苦手なタイプで、そのまま回れ右して帰ろうかと思ったくらい。
ほんと失礼極まりないんだけど、敢えて書いたのは、医者に結構不快なことを言われたから。
冗談めかしてても、あんまりだったので、思わず声に出さないけど「あぁん?」な顔になってしまった。
多分、一般的にはいい人と思われるタイプ。
すごくにこやかで低姿勢。
でも、その笑顔観た瞬間、うわっと思った。
養父にそっくり。
今でいうモラハラで外面だけが異常に良いけど、キレたら手が付けられないクズ。
ぱっと見は見目も感じも良いから、だまされる人多いけど、ご近所の方には滅茶苦茶嫌われて全員から無視されてる(毎日のようにうちから怒鳴り声が響いていたからだと思う)
この医者の内面なんて分からないけど、一目でジャッジするのは無礼。
分かってる。
でも、たぶん、ドア開けた瞬間に顔がゆがんでた。
もう、トラウマすぎて、やたら愛想のいい男、声がでかい男が憎いし怖い。
だから、内診はいいですよね?的な流れになってホッとした。
年末に女性のお医者さんに確認してもらってるから、ピルさえもらえればいい。
その時のお医者さん、優しかったからまた来たのに。
もう行かない。
女性しかいない婦人科探す。
先日、鍼灸師にも婦人科系の症状を訴えたのに、スルーされたのもあり、こういっては語弊があるけど
「やっぱりこれは男には無理だ」
と、感じてしまった。
分かってもらえない、と不信感を持ったまま、施術を受けるのはよくない。
症状はもちろんだけど、体が変わっていく不安が強い。
やっとコロナが落ち着いて、ここから色んな場所に出かけて行こうと思っていたのに。
家の前の坂すら登れなくて、どうやって海外行くのー?!
前回、初めてピルを飲んで、生理が通常に戻ったら、本当に楽になった。
今回も、同じく効いてくれますように。
祈るような気分で今、飲み始めてる。