叱らない育児ってよく言われるけど、してはいけないことって、「叱らない」ではなくて、「貶さない」「馬鹿にしない」なんじゃないかなと思います。別に怒るときは怒ればいいと思うし、悪いときは悪いと叱ればいいと思います。怒るときや注意するときって、余計な情報を付け足しがちなんですよね。
私が学生のときにしていたバイトて何かあると「こんなことも出来なかったら結婚出来ない」と言われていたんですが、これ、余計なことを明らかに足してますよね。結婚出来ないって仕事では関係ないことだと思います。この注意の仕方に時代を感じますが…
「こんなことも」って言い方も良くないですよね。これ、貶してますよね。あなたにとって「こんなことも」なのかもしれませんが、私にとっては「こんなことも」ではないのに、「こんなことも」と言われることでダメージを与えることが出来るんですよね。
付け足すより、して欲しいことや事実だけを述べることってそんなに難しいかな?って思うけど、難しいんでしょうね。自分ではこう書いてますけど、叱るときってだいたいされたくないことを相手がしてくるときだから怒りで余計な情報を足しちゃうんでしょうね。
例では昔のバイトのことを書きましたが、両親からもけっこう貶しタイプの余計なことを付加するタイプの怒られ方をしてきたので、叱らない育児というフレーズより貶さない育児ってフレーズに変えた方がいいと思うんですよね。
育児に限らず、人って人を貶したいみたいだから。それを意識して無くさせるには変えた方がいいと思うのですよ。
今日の夕飯には「ピーマンの肉埋め」を作った。肉詰めではない。肉埋め。
どうするかというと、敷き詰めた肉だねの中に半分に切ったピーマンを埋める。それだけ。
何かのテレビだか動画だかで知った。ありがたい。
詰めて焼くと、ひっくり返ったり肉が剥がれたり、何かと色々面倒くさいなと昔から思ってたんだけど、肉に埋めるという逆転の発想で、素晴らしく安定して焼けました。
あれだね、タルトタタン的な感じ?
楽に焼くために、ホットサンドメーカーで焼いたので、ひっくり返すのも簡単。
焼いた後で取り出すのも楽だった。
家族の評判も上々。ピーマンかシャキッとしてるとこが多くて、そこが美味しかったって。
簡単だしまたやってみようかな。
スマホケースとスマホリングが届いた。
本体色を変えるため、色付きのシンプルなケースに、スマホリングはウサギの耳が付いた変わったデザインのもの。
ウサギリングは、見た目だけでなく、実用性も兼ねていて、立てたときに高さが出るのでより見やすいというメリットがある。
今まで使ってた高さが出るリングより少し軽くて、見た目も可愛い。
アラフォーが使っていいデザインか否かはここでは目をつぶるとして。
気分も変わっていいな。
毎日使うものだから、ボロボロになっても、気づかなかったけど、思い切って変えてよかった。
他人から見ると、そんなくたびれたもの変えればいいのに、と思うものを使ってる人って、意外と多いと思う一方で、灯台下暗しとはこのこと。
残念なのが、スマホケースのカメラ穴からピンク色の本体色が見えて、ライトグリーンのケースで目立ってしまうこと。
すごく気に入った色合いだったけど、気分変えたいとき、すぐに取り換えられないのなら、最初から白とか黒にしとけばよかったかも。
次は黒にしよう。
・・・と、ここまで↑書いて、ふと、
「スマホケースのカメラ穴周辺だけ、色を変えればいいじゃん。」
そう思いついて、日誌を中断して作業を開始。
今完成しました!
写真でお見せできないのが残念だけど、かなり自然になじませることができて大満足。
具体的な方法は、きわめてアナログで、
①スマホケースのカメラ穴の範囲だけ、ケースの色に近いマステを貼る
②カメラ穴の部分だけ、マステをカッターでくり抜く
③ケースをかぶせる
以上。
最初は白のマステを黒く塗って貼ろうかと思ってたら、ちょうど近い色のマステがあったのでそちらを活用。
マステなら剝がすのも簡単なので、将来的に下取りに出すなどの時も原状復帰が可能。
カバーの色を変えたくなっても、大丈夫。
ウサギのスマホリングの土台も透明なので、ケースの色がしっかり活きてくれるのもいいよね。
手を加えたことでより愛着が湧く。
けっこう、この本体色とのミスマッチって気になる人もいるんじゃないかな。
こんな手もあるよ、とここに書き残しておく。
ひとつ仕事がひと段落した後、出張で海外に行った。コロナ禍以降、旅行らしい旅行も行ってなかったので、久しぶりの空の旅だった。
行く前は面倒だという思いが強かったけど、帰ってきた今は、行って良かったかなという気持ち。
ただ、出張中はいろいろとイベントがあり、一番リラックスできたのは帰国する日の朝、ひとりでのんびりと朝食を食べている時間だったりした。
朝食の時、そういえば一人旅ってこんな感じだったなぁと思い出した。またそのうち行こう、一人旅。
1週間前に壊れた風呂が直った。
一度は市内の温泉、露天風呂とサウナがあるけれど洗顔、クレンジング、化粧水なし。
リピートする気もなく、実家の風呂で過ごす。
タイミング的に生理になり、ゆっくり浸かる事も出来ず。
実家の体重計は家族の設定になっているため、使う事も出来ず。
この1週間の体重の変動が怖かった。
直った風呂は、快適だった。
節約の為、湯は臍までしか入れていない。
それでも、ゆっくり入れた。
体重は-1.0kg。
最近の傾向は、一つ贅沢をしたら一つ金をかけない。
だから、食費には金をかけていない。
風呂が直って、安心した。
婚活パーティいってきた。
5分の1の人は、前回お会いした方で、お互い顔見て笑ってしまった。
もう「首尾はいかがですか?」とお聞きする始末。
二度目になると、仲間感を勝手に持ってしまう。
お一方には、前回マッチングしたんですけど、あまりに年下で申し訳なくて、とか話したら、自分も年上の女性とマッチしたけど気にしませんでしたよ、と言われた。
さすが同志は優しいな、と思っていたけど、中間インプレッションカードで私にタイプと書いてくれたのは二回目の方ばかり。
それならちゃんとお話しすればよかった、と後悔するも、時は遅し。
誰ともかすらず今回はボウズでした。
ちなみに、好みのタイプとは毎回全く話が弾まない(顔はタイプだけど、プロフには興味が持てない)ことに、何度か通って気が付いた。
相手は私の顔にもプロフにも興味がないみたいで、でも、お互い間を持たせようとする時間の悲しさ。
もっと若いころにこういう場に行って、自分はどんなタイプに受けるのかを学習しておけば、無駄な失恋に泣くこともなかったのかな、と思う。
この年にして、やっとどういう人が私に興味を持つのかが分かったのは良かった。
嫌な言い方だけど、自分の市場価値をマーケティングする意味では、いろんな人に会うのって大事よ。
十分すぎるほど飲み物とおいしいケーキをいただいて、素晴らしい会場と男女とも素敵な方々だったけど、とにかく疲れた。
人と話が対面でしたい、という目的は達成されたけど、残ったのは虚しさ。
LINEを見たら叶姉妹公式LINEで「興味がなければ恋愛は一生しなくてもいいのです」という格言があって、何度も聞いて好きな言葉だけど、このタイミングでまたみて、改めて染みた。
興味がないわけではないが、そこまでの情熱を持てないのよ。
ちょっと久々にオシャレして、ドキドキしてみたかっただけ。
デートとか楽しんでみたかっただけ。
このタイミングで配信されたのは、テレビやSNSのバレンタイン戦略で煽られる人たちのことを思ってなのかな、と深読みしてみたり。
今期のドラマが婚活やラブコメが多いのも、その戦略なんだな、と改めて思った。
面白いけどさ。
恋愛することを強要された時代、とジェーン・スーさんがひと昔前のことを評していらっしゃったけど、今もその名残ってあるよね。
その時代のトレンディドラマを見て育った私の中にも。
マチュピチュ行きたい、と口にする人は五万といるけど、実際に行く人は一握り。
その差は情熱。
私は恋愛や結婚にやっぱりその情熱を持てないでいる。
うっすら憧れはあるんだけど、だからって、実現させるまでの情熱はない。
中途半端な興味が一番困る。
なんかその「興味」も世間の風潮に植え付けられたような気もするんだよ。
マチュピチュ行きたいと思うけど、高山病とか怖いので、エスニック雑貨の店でアルパカのぬいぐるみとか見て雰囲気だけで満足する。
私にとって、婚活パーティってそのエスニック雑貨そのものなのかもしれない。
三連休
友達の家に行ったり
娘の入学準備の備品買いに行ったりしておわり。
好きな人とは少しだけ会えたけど
電話したくて電話かけたけど
子どもといるから切られたあとほど
虚しいもんはねえ。
わかってるけど
虚しくなる。
隠されてる感じ。
仕方ないけど。
ばついち、子持ち
お互いだけど
仕方ないね。
色々持っている(ように見える)方は、持っていない人に配慮した発言をいつもしなくてはならないのかなと。
突き詰めると、持っている人は持っている人で色々あるって思えないところが、あなたが欲しいものが手に入らない理由だと思いますよ?って思うことがありましたね。
別に私は何も持っていないのですが、誰かにとっては持っているように見えるんだろうなと思います。だから発言にはかなり気をつけ、ネットの海ですら注意深くウエットスーツを重ね着するようにしていましたが、ここら辺なら大丈夫かな?と少しスーツを減らすとやっぱり変な人に遭遇するってのを繰り返しています。
別に私が所有していない海でも毎日泳ぎに来ていて、今日も誰も来なかったけど自由だったなーとやっていたんですよね。私が守ってあげてたとは思わないですけど、誰かが泳いでるときに文句は言わないで欲しいなと思います。
そんなことがあって、私もかなり執念深いので体調を崩してしまいました。夜に寝て夜に起きるみたいになってますけど…
時々、観光地の有名な建造物にラクガキするおかしな人いるじゃないですか?そういう人に自分の心がラクガキされちゃった感じで心も弱ってたんでしょうね。まだ本調子じゃないけどネガティブを諦めずに頑張ります。
ばばあになったな、とおもうのは最近あんな大好きで活字中毒だったのに本を読まなくなったこと
なんでだろ図書館とかで借りるのにパラってよんで2週間たっちゃって返すの繰り返しばかり
カバンの中に本が何冊も入ってた人なのにね
ドラマとかも集中力なくて1時間丸っと見れないとか
途中にすることが平気になった
前は本買ったら読み終えるまで明け方とかまだ読んでたりしたけど
でもそれもよしと思えるのもいいことなのかな、と
何を生き急いでいたのかね?ともとれる
大人になったらもっと余裕のある生活が待ってると思ったし
もっと大人の女性想像していたけれど、そんなことないなーと
あと物欲が驚くほどなくなったな
良いことなのかもしれない!
わたしがオバさんになってもーって歌ってたな
すぐくるな、ほんとに
身体中どこか痛いのは運動不足だよ、今年こそは、、
靴屋さんに新しいスニーカーの下見に出かけたら、スエード調のコンフォートパンプスが500円になっていて、即試着&購入。
滅多に履かないけど、ないと困るのに、足に合うものがない。
制服のローファー時代から、既製品が入らずずっと悩まされてきた。
今は、割り切って毎日スニーカー。
もう普通のヒール靴は無理。
今回購入したものは、パンプス風だけど、底がスニーカーのようになっていて、スニーカーに準ずる歩きやすさが特徴。
走ろうと思えば走れる。
スカートやジャケットにもスニーカーでゴリ通し、スーツを着る時は、パンツの裾に隠れるようにしてバレエシューズで誤魔化してきた。
(完全フォーマルな場ではないので)
そのバレエシューズも底が薄すぎて、長時間は無理だったので、今回のパンプスは渡りに船。
助かります。
今はフェミニンなスカートにもスニーカーを合わせてもおかしくない時代。
既製品が合わない足にとっても、生きやすくなった。
特に、コロナで人々の服装がかなりカジュアルダウンした印象がある。
オンライン会議でも、社内であれば、スウェットで参加してる人だっていた。
でも、最近、たまに町中で見かける、ヒール靴を履いてさっそうと歩く女性の姿。
スニーカーやゴツイブーツが多い中、スカートや細身のパンツにピンヒールを合わせていて、何だかコロナよりずっと前の、ノームコアがはやる前、皆が気張ってオシャレしてた時代を思い出した。
とても新鮮で、カッコ良いなと思った。
自粛も過去のものになった今、またみんな、気合入れてオシャレする時代が来るのかもしれない。
カジュアル服が、手抜きと言われるようになるのかも。
いや、まあ、私の場合は否定できないけど。
多様性の時代。
ノームコアとビシッと決めた服を着た人が、仲良くスタバとかに並んで注文を待っていられたらいいな。
どっちも素敵だよ。