気持ちの切り替えが下手くそで嫌んなる。
嫌だ、モヤモヤするということを見聞きすると、しばらく引きずって楽しいことをしたい気持ちにならない。
好きなことが汚されそうで。次にそれをやった時に嫌な気持ちまで思い出しちゃいそうで。
だからできる限り嫌な感じがするものからは距離を置いて過ごすようにしてるけど、たまに引き寄せられるようにそっちに行ってしまって後悔する。ていうかそれが今。
ストレスを抱えててもひたすらその場で耐える以外に方法を知らない。何も手につかなくなるからそれしかできない。
上手く気持ちの切り替えができるようになる方法とか、トレーニングとかあるなら探してみようかな。
気になるひとができて。
そのひとがほかの彼女に
いかにも好きそうなことばをかけてるのをみると
つらくなるな。
片想いって楽そうにみえるけど
つらいんですね。
このやり場のない感情をnisshiに。
助けてほしいのに
誰を信じたらいいのか分からない
分からないから助けを求められない
悪循環
辛いよ、しんどいよ、もう嫌だ
大掃除をゆるゆると開始した。
まずは窓から。レースカーテンを洗濯。窓拭き。
パッキンのカビが思ったよりはひどくなくて良かった。一方、網戸は思ったより汚くて、すぐに雑巾が汚れた。
窓がきれいになったところで、断熱シートを貼ろうと考えている。窓からの冷気が気になっていたので、断熱シートを貼って緩和されると良いなあ。
引き続き、ゆるゆるとやろう。
母子家庭に配慮してクリスマスを廃止しよう。
孤児に配慮して父の日と母の日を廃止しよう。
子なし夫婦に配慮して子供の日を廃止しよう。
無職に配慮して勤労感謝の日を廃止しよう。
中韓に配慮して日本を廃止しよう。
いい歳して過去の武勇伝をこれ見よがしに語られるのってうざい。
ましてや女上司の元カレとの性武勇伝なんて聞いてどうしろと?何の自慢だ?
ダカラナニ?って喉まで出てるけどいわないよ。
これでも組織人ですから。ハイ
ときどき、周りの人たちに利用されるのではないか、優しく寛大でいることによって自分が無防備になるのではないか、という不安に駆られています。それゆえに、壁をつくり、境界線を引いて自分の身を守りたくなるのです。でも、城壁に囲まれて一人ぽつんといたところで、誰もそう長くは安らかな気分でいられないでしょう。高い壁の後ろに隠れて閉じこもっているときは、敵だけでなく、味方もなかなか近づくことができません。周りの人たちを信じられる(そして助けられる)ことを思い出させてくれるでしょう。
私の不精癖もあってご無沙汰していた人ふたりに、このたび思うところがあって小さな贈り物を送った。短い手紙を添えて。
ふたりとも仕事をしているので、不在などで受け取ることができないことも想定していたけれど、気になって荷物の追跡をしてみたらどちらも既に受け取っていた。
このさびしい気持ちは、私がこれまでに作ってきた関係の結果なんだと思った。
すべては自分。自分に返る。そう思っていれば間違いはないな。
と思っていたら、3日後、同時にお礼状が届いたんです。LINEひとつで済む時代に、LINEで十分なような関係の私に、ご丁寧にね。うれしくて何度も読み返しました。
心ばかりに、心尽くしで返してくれたふたりに、私も相手にとってよい友達でありたいと思った次第です。
仕事に求めることってなんだろうな
疲れたなぁと思って
前職なら自分の時間がもっとあったな、と思うけど
でも、あれ以上は多分続けられなかった
だから転職したのは正解だと思う
転職して、それでもやっぱり、なにか違う感があって
私は仕事に何を求めているんだろう、と思う
一番は当然、収入を得るためなんだけど
それは必要最低限で良くて
だから、それは「仕事に求めること」というわけでもない
良く言われるような、やりがいとかそういうのなんだろうか
でも、私は勉強好きじゃないし、向上心もそんなにない
もしかしたら、なにも求めてなくて
本当にお金がもらえたらそれでいいのかもなぁ。
短時間の労働で、暮らせる程度のお金が得られること。
なるべく自分の時間が山のように欲しい。
どうするのがベストなのかなー。
年賀状書き終わったぜー。
疎遠な友達8人だけだから、そんなに時間かからないんだけどね。
喪中の人が多くていつも以上に少なかった。
毎回手書きで近況とか書くけど、話がまとまらないうちにスペースがなくなって中途半端な内容になっちゃう。
字も下手だし、小学生のお手紙みたいだなと自分で思う。
年賀状しか連絡取り合わないけど、またいつか会いたいなあ。