二十歳なって突然年金払えどうこう言われても二十歳なってすぐ払える訳もなく最初だけ少し払ってあと免除。で、もう3年ぐらいたったんだけどまだまともな社員にしてくれる所なくて中々払えず免除状態。(猶予)自分でも払うつもりなんだけどそろそろもうヤバい。社員で出来るだけ安定したいよ。私も正社員で働きたいよ。悔しいよ。苦しいよ。皆が出来てること出来ないよ。
主婦してる?
主婦力を見せてみろ!
なーんて言ってくる人らのいる会社って、どうなのよ?
ほざけ。
今日はお昼に戦友とお話しながらご飯を食べた。戦友って言うのは私からのヴィジョンであって、相手が同じように私のことを感じているのかは関係ない。私が味方になる、痛みを分かち合うと決めた人なので、そんなことはどうでもいいのです。
そんな彼女からとあーる紙を見せてもらった。それはあの問題児から送られてきたメール。しかも個人のメールを使って会社のメールに送っている、至極個人的で意味のわからないネガティブなメール内容だった。それをなぜか彼女と、もう一人女性に対して送ってきている。
声を揃えて怖い、と、気持ち悪い、としか感想がなかった。あの問題児は自分に優しくしてくる女性を純粋に「自分の話を聞いてくれる」「私のことを好いている」と勘違いしてしまう可愛そうな人なんだよな。寂しい人。その驕り高ぶった博士みたいに振る舞う、鼻のつくやつなんか誰が好きになるかよ。女性の優しさを勘違いしてしまう馬鹿って、ほんと嫌い。
そういう気持ちの悪い人間は、基本的に冷めた対応を取るように心がけたほうがいい。逆効果になってしまう相手もいるけれど、そうでもしないとわからないお花畑はいる。手立ては選んでいられない。ああゆうタイプの問題児はプライベートにも踏み込む危険性があるから、自己防衛も兼ねてのこと。イジメとかではない。守るためだ。
でも教育現場って、そういうさじ加減を教えることを放棄して、仲良くしましょうとか結構言うよね。馬鹿なんじゃないかと思う。自己開示して摩擦が起きたら手を引いて、仲直りはしても仲良しにならなくたっていいのに。
そう、仲良しはしなくたっていい。だから私は仲良くしたい人を選ぶ。戦友はそういったメールの話もしてくれた。私もリアルの人には秘密の日記を公開した。ここんところの、さっきの、話。
主婦、って。さ、なりたくてなってないのよ。必要に迫られてやってるだけなの。服のたたみ方もご飯の味も正しいなんてないの。手抜きでも【妻】から逃げられないの。私の夫は【夫】から逃げられる。仕事が忙しいからと家事を任せて、自分は新しい購入品を構ってることも、私はわかってる。でも黙って課せられた【妻】って役目をほどほどにやってる。体がしんどくても「俺だって、」と言われることを分かってるから、だから黙って気持ちを塞いでるの。そんくらいの思い。
それを、かき乱すようなことしか言えないのよね。年上のおっさんらは。
なので、また戦友と情報交換をすることは、私にとっては大切なプロセス。またタイミングが合えば、な。
身動きがとれない
先が見えない
何も知らなければよかったのに
恋なんてしなかったら、
あのまま私は私らしく孤独を友達に
一生を終える予定だったよ
孤独でよかった
ずっとそれでやってきたんだから
なんで守ろうとするんだろう
その手が離せない
教えてほしい
私はあなたのそばにいてもいいの
尼神インターの人にそっくりな人がジャニーズWESTにいた!!!
似すぎ!
けど、ジャニーズ
不思議だー
苦手だー
久しぶりにデパコス見てきた。
伊勢丹と高島屋をはしごして、あー、楽しかった!
美容部員さんたちが良いよね。あの独特の雰囲気。
店頭を覗いていると、あちらこちらで店員さんから「ご案内いたします~」って声かけられたんだけど、慣れていなさすぎて何て返事したら良いかわからなかったよ。
「はい~」とか適当に言って、気になるものについて質問などして。
そういえば、夫は買い物のときに買わないのに試すなんてできないって考えらしくて、試したら、買う、みたいな買い物の仕方だというのを知ったときは驚いたな。
え、気に入らなかったら買わなくて良いじゃん?気になるものはどんどん試したら良いじゃん?っていう考えの私からすると、なんというか、決め打ちみたいな買い物って、つまらなくない?って思うけど、まぁ、余計なお世話か。
あれやこれや見るのが楽しい。商品もだけど、そこに来ているお客さんたちも含めて。
あー、楽しかった!
願っていること、やりたいこと、
ああしたい、こうしたい、
口から出せば、少しずつ近づける?
今まで言えなかったこと、黙って我慢して耐えてきたこと
それが言えたら、どんなに楽になるのか
なにも言わずに黙っておくこの性格
さよならしないと、幸せになれない
自分の人生
誰の物でもない
そう、大嫌いな会社の社長の好きなようにはもうさせない
10年勤めた
よくやった
会社の人間ともプライベートを過ごすこともあった
けどもうそんなのいらない
必要ない
待ってもらってても困るし
これで壊れて困るような思いはしない。
娘ができた今、中心は娘。娘あっての私。
娘のために生きていく
独り身だった頃とは違う
生んで育てないとわからない
気持ちの変化ってあるんだ。こんなにも。
産休とって育休もらっておいて
ふざけるなって思われても構わない。
身体こわしてまで、娘との時間を犠牲にしてまで
働くことはない
給料が安くなっても、娘のためにいい環境を自分で作らなきゃダメ。誰もしてくれない
そう言い聞かせて
社長からの着信あり。
気づかなかったから出れなかったけど
怖くてかけ直してません
だめだこりゃー。
5年ぐらい親族に貸していたノートパソコンが今日戻ってきた。
そこにはたくさん亡くなった父の撮った写真・亡くなった父自身
亡くなったペットの写真が入っていてとても懐かしくなった。
こんなに、にこにこ元気に笑っていたのに
亡くなるときはあっけなく、朝行ってきますと言ってそのまま
帰ってこなかった。
犬の方は年には勝てず、最後はボケてしまって自分で立てなくて
とてもかわいそうだった…。
だからか、とても元気な姿が写真に納まってると、なんだか切なくなる。
もっと元気でいられなかったのかなぁ…って悲しくなる。
元気でいられるときにいろいろしてあげたかったなぁ…。
細かいって言われても、どうしても気になる。
上でも下でもない人に
「ご苦労様」って言われること。
目上が目下に言うのが「ご苦労」
他は「お疲れ様」でいいのでは…?
正直ご苦労様って言われると「下に見られてるんだな」と思ってしまう。
厳密にいえば「すいません」も嫌い。
人に言うと細かいって言われて嫌な顔されたりするから
そっと心にしまうけど…やはり気になっちゃう…。
新しい場所へ期待と不安を胸に来たあの日も今は遠く、仕事にもずいぶん慣れてきた。
後輩は私を頼ってくれるし、同期とはプライベートでもよく話す。
今度の休日も、久方ぶりに友達と遊ぶ約束をしている。
充実した日々が続いている。
全てがとは言わないが、上手くいっている。幸せだと思う。
ただ、絵が以前のように描けないことを除いて。
ちょっと長い昔話をしようと思う。
物心ついたときから、なんとなく周囲と考え方が違うことには気付いていた。周りの要求より、自分の気持ちや感性を一番に考えた。先生にD評価を付けられた作文は、私に言わせればまぎれもないA評価だった。その後手本として発表された同級生のA評価作文を聞いて、いかにも先生方がお喜びになりそうな高尚なお考えで、と心底落胆したものだ。題材は環境についてで、「ごみを持ち帰る」とか「ペットを捨てない」とか、そんなことは当たり前のことで、わざわざ作文にする話ではない、としか感じなかった。「写真のような美しい自然のために、」と続けられた言葉、それを聞いて一瞥した教科書の写真、広大な自然の中のたった一部分だけを、人の作る本に収まるようにと小さく四角く切り取られた森は、どう見ても美しくなど思えなかった。
頭の中に善と悪の二種類の人間しかいなかったその頃、同級生の思慮に欠ける会話が耐え切れず(今振り返れば、内容は年相応の学生の会話でしかない)、夏が過ぎると家にこもって絵に明け暮れた。当時の学習内容は私には必要ないほど簡単で、適当にテストを受けて残り時間は物思いに耽っても100点は取れた。もちろん、「休むと勉強が遅れる」という脅しは痛くも痒くもなかった。
諸々の処理のためにたまに学校に行けば、よく「暗く否定的で元気がない。まるで子供らしくない」と評価された。絵や文章にも似た感想が多かったが、しかし私は決して悲観的ではなく、むしろ闘いや怒気、立ち向かう意思を作品に注ぎ込んでいた。私の創作活動の原動力は怒りや衝動だったと言ってもいい。
他人は誰も信じなかった。好奇の目と意味不明な同情の目は最も嫌いだった。私は哀れな子供ではなく、少しだけ周りと違う道を歩んでいるだけに過ぎなかった。私の世界に踏み入ろうとする者は何者も許さなかった。皆は間違っていて、私ただ一人だけが正しいと妄信した。子供の行く末を案じて学校に行かせようと焦る親すらも信じなかった(今は良好な関係を築いている)。
絵に明け暮れた。
自分だけ時間がゆっくり進んでいた。
さて、ここで時間を今に戻そう。
一言で言えば、私は「普通」になった。「丸くなった」と言おうか。
「いつも仏頂面だ」という評価は「いつも笑顔だ」に取って代わった。
不満がなくなった。初めに言った通り、生活は充実している。やはりこの世は多数派が生きやすいものかとぼんやり思う。
その代わり、以前のような突き刺さる絵は描けなくなった。技術的には今の方が断然上だが、そこに込められた感情は希薄で、つまらなくなっている。
「普通」になった、「丸くなった」改め「凡庸」になった。
昔の自分が正しかったとは思わない。考えはひたすら未熟で偏っていた。ただ、そこには確かにゆるぎない信念のようなものがあって、それが絵に現れていた。
これから私は、絵に対する付き合い方を変えていくべきなのかもしれない。
長々と書いたが、無名の絵描きの昔話をここまで読んでくれてありがとう。
またどこかで。
変化が近づいていることを感じとっていますが、それが成長の新たな局面を意味するのか、あるいはこれまで大きなフラストレーションの原因となっていた状況に対する見方が変わるだけなのか、今ひとつはっきり分からずにいます。何が起こるにしても、見慣れた轍に はまって身動きがとれないように感じたくはないでしょう。思い返してみたほうがいい、いくつかの教訓があることは確かです。でも心配はいりません。経験が今にも変わろうとしていることを告げています。今のうちにやり残していることを片づけてください。