生活の激変を感じる。正直色々しんどいな…色々な雑談とか様々な取り決めとかしんどい。疲れた。まだまだ始まったばかり。ゴールテープ切れるかな。その前に自分が切れたら意味がない。あー助けてーなんか疲れた。
勢いで、夕飯食べて温泉行った
コンビニでアイス買って
少し夜道を散歩しながら食べた
楽しかったな
付き合わせちゃったかな
でも
気にしてもしょうがないし
すごく楽しかったってことを伝えよう
月イチ恒例になったらいいなぁ
できれば二人きりがいいけど。。
過去の恋愛話とか
なんでしちゃったんだろ
最悪だ
まぁいいか
私は彼が好きなんだろうか
よくわかんないなぁ
隣で寝ている人と3日後結婚する。
交際6ヶ月での結婚。何一つ後悔は無い。初めて見た瞬間から懐かしい感じがしてずっと目で追ってた。優しくて穏やかで常識的で、すごく居心地のよい人。わたしなんかのことを愛してくれるのは後にも先にもこの人だけだ。
小さい諍いはあるだろうけど、この人と一生穏やかに生きていきたいなあ。
たとえ、今言われていることに対して まったく同意できなくても、真っ向から反論するのは無意味です。人々にあなたの見解を理解してもらいたければ、それを裏づける証拠を集めなくてはなりません。ネットワークを築いてサポーターを増やさなくてはなりません。もし、あるプロセスを何が何でも止めたいという強い気持ちがあるのなら、自分の攻撃に集中し、問題の根本に正確に狙いをさだめる必要があります。でもその前に、それが本当にやりたいことなのかどうかを再確認してください。今、もっと摩擦の少ない前進の道があることを暗示しています。
今日ずっと4月18日って数字見て
ソワソワしててなんでだろう。って
思いながら仕事して今気付いた。
元彼の誕生日だ。
しかも高校時代の。初彼。
お互いもう地元には居ないんだろうね。
風の噂で夢叶えたのにもっかい学校
入り直したって聞いたよ。
私も夢叶えたけど転職したよ。
あとね今いい感じの人がいるよ。
とても誠実な人でね。ほんとに、
あの時ちゃんと話し合えれば理解
してくれたかな。
たくさん傷ついたんだよ。
嫁にしたい。も、大好き。も
ちゃんと私に伝えて欲しかった。
出来ないなら行動で示して欲しかった。
約束守って欲しかった。
大切にしてくれてたら別れたりしなかった。
いや、やっぱ分かんないな。
でもちゃんと尊敬してたよ。
まぁ、元気でね。
「あの子はメンヘラだ」
って仲間内でヒソヒソ話す。
ほんとは私もメンヘラで、たった一人に好かれたいんだけど、気持ちが重いって言われるのが怖いから、好きじゃなくても会いたくなるような関係の人を何人かキープして気持ちを分散させてる。
仕事のストレスもそこにぶつけてる。ただ彼女みたいに重なるコミュニティでやらかしてないだけ。自分の色んな面をパーテーションで区切ってるだけ。バレてないだけ。
でも区切りすぎて、本当の自分がわからなくなってる。多分本当は何もしたくなくて、恋もしたくなくて、働きたくなくて、誰にも会いたくなくて、ただ眠っていたいだけな気がするんだけど。
どうなんだ、わたし。
セラピストに戻れる。結果が来た。機嫌も取り直して飛び跳ねた。だのに早々に喧嘩。彼が研究者だったから好きだったこと、事務の管理職でいつかゴルフなんておじさんのスポーツを彼がせねばならないことがたまらず嫌なこと、肉と魚ばっかりの食事に辟易していること(私はパスタとスープとか、そういう食事がしたいのに)ぶつけるだけぶつけた喧嘩だった。
事の発端は食費が足りないことが発覚したこと。食事量が違いすぎて私は毎日お腹が減っていて、こっそり食費でご飯を食べていた。2000円くらいだけど。そしたらレシートをチェックしだすとか言うから待て待てと。まず見直すも何も努力してもいないうちに何を見直すのかとブロック。稼いでいないのに食費で自分のごはんを買ったなんてバレたらあれだ。だからまず肉とか魚とか食べ過ぎで、そんなのがなくても野菜やらお腹いっぱい食べればいいじゃないかと言ったら、野菜嫌いな彼が食費見直すと。何がなんでも肉と魚が食べたいらしかった。家にあるものを食べるという頭がないようで、本当に困ってしまい、冒頭の喧嘩になった。
お金の使い方が違う、と気づいた。同じだと思っていたのに。ああ困った。お腹減った。
「好き」。
ただそれだけ。
気持ちが溢れて、伝えたくて仕方がない。
自己中心的思考なのは分かってる。
でも恋愛って、所詮は自己満足でしょう?
1990年代の当時の英国政府のスローガンは、「教育、教育、教育」でした。今、それと同じように集中して取り組む必要があります。ただ、学ぶことはいつだってあるものの、より適したマントラは、「コミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション」です。いくつか飾らない言葉をかけるだけで、人々の心を開き、大きなサポートを得ることができます。それに加えて彼らの話に耳を傾ける気持ちがあれば、さらに多くのものを得られるに違いありません。
なるべくやらなきゃならないことは、先に先にこなしてきたつもりだか、昨日になって詰めの甘さが出てしまった。でも、本来の自分はこっちの詰めの甘い人間なんだろう。
やっぱり、本来の自分って隠しても、どうにかして顔を出そうとする。昨日のある作業についてもそうだし、なるべくこの人には愚痴をいわないとは決めていても一緒にいる時間が長いと息を吐くように出ちゃうときがある。
オンとオフを切り替えるという言い方や、仕事とプライベートを分けるとか、みんなそれぞれ別の顔を使い分けて生きているとは思う。私の場合、自分以外の誰かといるときは仕事という感覚で無理矢理オンのスイッチを入れて、ひとりで過ごす時間がプライベートという感覚でそれがオフモードなのかな?
家族といるときはプライベートで素の自分で…とか言ってみたいんだけど、私にとっては家族といる用のスイッチオンである意味仕事。だからずっと仕事している感覚もある。そういう状況で本来の自分が登場してしまうのはある意味しょうがないのかな?なるべく今のようなオフの時間を2倍に感じられるようにこうやって思ったことを自由に自由に伸ばしていくしかないかな?あと10分後には「仕事」ですがそれが20分後に感じられるように。