今回、初めて避難所へ行った。自治体がその日一日、朝から設けているという「自主避難」としての、避難所に行ってきた。なんともありがたい。うちはばあさんの家なので、古い。古くからの家の人はうちと同じように、避難してきた。小学校がその避難所である。しかしこの付近には鉄筋コンクリートのマンションが多いので、避難してくる人は本当に少なかった。いいのか悪いのか、うち合わせて6組ぐらいだろうか、小学校に集まってきた。
避難所。完全になめていた。この経験、どうにか生かしたい。これは外から見ているとわからない体験である。私はテレビなどでよく被災者が避難所生活をしているのを見て、「まあ、私は避難所に行っても大丈夫だろう。みんなテレビに映っている人は、しんどい、しんどいと言っているが、そんなに言うほどではないだろう。多分、ストレスなく生活できるだろうな。」と思っていた。バカだった。甘く見ていた。そんなことは全然なかった。
敷居がない、テレビがない、常に誰かの視線を感じる、気を使いながら過ごす、これ相当しんどい。思っていたよりしんどかった。それで一番アウトな案件は、人によるかもしれないが、私の場合は、「誰も話さないこと」だ。避難所なので静かにしないといけないのは仕方がないが、あまりにも気を使いすぎてて、みな固まってて静かになりすぎてるのだ。こんなに喋らんもんなの!!??とびっくりしたぐらい。行った避難所によるのかもしれないが、とにかくみな無言すぎる。これはさすがに大打撃を食らった。
しゃべりが好きな人間にとっては苦痛以外の何物でもない。「頼むから誰か喋ってくれ」と一人願い、それが叶わないので心の中でボケてはツッコミ、ボケてはツッコミを繰り返して一人漫才状態である。暇つぶしに絵を描こうと持ってきていたノートに私は気が付くと筆ペンで「今の気持ち」を思うままに殴り書きする行為をしていた。ストレスがたまるからです。そのスピードまさに台風のごとしである。私は無心になって、この体験や今のしんどさをノートに物凄い早さで書き連ねていった。薄いノートが一冊分ほぼ愚痴で埋まった。みんな我慢してるのだから、こんなことは思ってはいけない、なんて思うが、ノートに愚痴書くぐらい許してほしい。そうしないと心の安定が保てないのだ。そんなこんなで、時間が過ぎていった(つづく)