自分が呪われていることに気付いたのはまだ早いほうだったと思う。
うちは三姉妹。
小さい頃は真ん中の私はよく一人になって姉と妹が一緒に仲良く遊んでいることが多かった。
しかし、私が小学校高学年にあがる頃に中学に入学した姉はいつからか家庭内ではひどく気分屋になって、そんな姉への接し方が分からなくなった妹は小学校に入学したこともあり次第に私と行動することが増えていった。
歳が近いこともあり妹とはよく喧嘩をした。
去年成人を迎えた妹は、その頃の自分について「理由もなく姉に対してひどく生意気な態度を取っていた」と今になって笑いながら言うほどに、妹が原因だったことがほとんどだった。
私が持っているものを取って逃げたり。突然口喧嘩を売ってきたり。
私の呪いが発揮したのは、それに応戦する瞬間だった。
私の顔を見ながら罵倒する妹の目を見た瞬間に「生意気なこいつを暴力でどうにか懲らしめてやりたい」と思った。油を注がれた焔のように、その感情は一気に私の身体を支配した。
そして、自分より体の小さい妹を思いっきり叩いたり蹴ったりした私は、当然ながらいつも最後は母親に叱られた。
そうして、そういうことを何度か繰り返しているうちに自分の中にその焔とは別のところで違う感情が小さく火を灯していることに気付いた。
「お母さんと同じだ。」
最初は単純な感想のような感情だった。
私たちが小さい頃から母親は叱るときにすぐに手が出る人だった。蹴られたことも何度もあった。それが「普通」なのかどうかなど疑ったこともなかったし、友達の家は違うのかなどもあまり気にしたこともなかった。
大人になった今でもあれが「正しい」のかわからないままだ。
ひとつだけ確かなのは、子供の頃の私はそれが「嫌だった」ということ。
そして、何度か火を点けるうちに、その感情は「諦め」や「自己嫌悪」というものに変わっていった。
「私の中にもお母さんと同じように衝動的に人に暴力を振るいたくなる血が流れているんだ」
「お母さんの子供である以上この感情は抑えられないのかな」
「私がお母さんになったら、私もお母さんみたいに子供を叩いたりしてしまうのかもしれないな」
生意気な妹を見ているその一瞬だけは、小学生にしては色々と深いことを考えてしまっていた。
でも、おかげでそれが「呪い」のようなものだと気付けた。
泣いている妹の横で叱る母親を見つめながら、私は子供ながらに将来自分が母親になることに対して恐怖を覚えた。
そうして、その感情の正体を分かり始めた頃から段々と妹へ暴力を振るうことは減っていった。
妹が精神的に成長したこともあるかもしれないが。
母親のことを反面教師にして生きることにしている今となっては、そこで気付けた「呪い」はもうほとんど解けているような気がするが、未だに子供を作る予定も相手もいないから、これから先またその「呪い」が私を変えてしまうかもしれない。
そんなときに「呪い」を寛解するための道具として、この文章を書いた次第だ。
どうか、もうこの「呪い」を痛感する日が二度と来ませんように。