2019.02.19Tue
非表示 05:59

お久しぶりの登場です。って、誰だかわかりませんが(´・ω・`)

自分がこれまでに記した日誌の記録を、先ほどまで読んでいました。
本当に、久しぶりに、読んでみました。なんか、あれだな、とても恥ずかしい
若気の至りですな。うん、それもまたよろしい(開き直りです)
書いてるその時は酔ってたり、ぼーっとしながら感情まかせに思うままに
書き記しているので、文脈などないし、文章表現も構成されていないし
なんだかわけのわからん文章になっていることもよくあった
しかしこれもまた、文章なのです。決まりなどない、好きなように
思うままにキーボードを打つ。それが面白いし、楽しいですね

私の日誌は長いし意味不明なので他の人からは、
読みにくいかもしれない。うん、多分読みにくいと思う
そして読んでくれた人は、本当にありがとうございます
それでは、また・・おやすみなさい


非表示 01:35

やっぱり今日は傷ついたな。
と文字におこしておく。
その子がそういう特性の子だと分かっているけれど。だから、自己嫌悪にはならないはずだけど。否定されるとやっぱり少し傷つくな。まだ自尊心低いからかな。
どうでもいい愚痴にも反応してるけど、反応あった方がいいかなって、思ってしているけれど、こっちから発信した時、多分返して欲しいって思っている時、相手からの反応ってだいたい無いんだよね。相手に期待することとか、見返りを求めるもんじゃないと分かっているけど、難しい、実際。
まだまだ先は長いな。


非表示 01:23

不思議。
半年あまり、毎日LINE来てたし
沢山会話もしていたけど
私たちの間には何も生まれなかったよ。

でも、そっか、
恋って簡単なもんじゃなかったよね。

2019.02.18Mon
非表示 22:23

家に帰ってからのこと。

動悸があることを夫に伝えて、少し休むと言った。
「僕の部屋で寝なよ」と言うので、一緒に横になって映画を観ることにした。

何度も何度も観た映画「フォレスト・ガンプ」
仕事で疲れている夫は、開始5分で寝息を立てていた。
最近夫はずっと優しいが、わたしは寝ている時の夫が1番好きだ。起きているとうるさいし、何か作ってってすぐ言うし。
夫がたとえ寝ていても、こうして誰かにくっついて映画を観られるというのは、ひとりで観るよりずっといい。

でも、ダン中尉とニューヨークで再会したところでタブレットの電源が切れてしまったので、仕方なく自分の部屋に戻って残りを観た。

この映画を観た人は、ジェニーについてあれこれ言うけれど、繰り返し観てジェニーの人生をなぞっていくと、ああいうふうにしか生きられなかったのだろうと思う。
子どもの頃に住んだ家に、石を投げつけるシーンは、胸が苦しくなる。

ぬるめのお風呂に入って、小説を半分読んだ。出る頃にはお湯がすっかり冷たくなってしまった。
鉄分不足なのかなと、家にあるもので適当なクリームパスタを作った。大根の葉とサーモンを入れ、温泉卵を乗せた。よく分からない組み合わせだけど一応味はまとまっていた。納豆も乗せようかとそれは思い留まり、別で食べた。

なんでこんなとりとめのないことばかり書き募っているかというと、やはり誰かに聞いてほしいのだろうと思う。特に妊娠のこと、確定するまで誰にも話せないから、考えとか不安とか、自分の中にどんどん溜まってしまう。だからガス抜きみたいなものだ。

あんまり読みたくない人もいるかもしれないけど、もう少しだけここが必要なんです。


食生活

非表示 21:12

朝ごはん
ご飯と味噌汁、ベーコンと目玉焼き
オレンジジュース

昼ごはん
豚肉の和風トマト炒め丼
煮物

晩御飯
ご飯と梅干し、味噌汁、
残りもののハンバーグ、白和え

寝る前にハーブティー

早寝早起き、久々に1時に寝た。
それでも遅いんだけど。
結構野菜入ってるから大丈夫だと思ったけど
やっぱり野菜が足りないかもなぁ

でも食生活と睡眠時間見直すだけで
精神的にかなり落ち着いた。
最近は閑散期だから早めに帰れる。
今はゆっくり趣味に没頭して仕事で結果出して
辞める準備していこう。


非表示 17:58

たぶん妊娠5週目後半。

つわりはまだ無く、体調に大きな変化はない。
ただ今日はフルタイム出勤で、しんどかったのかずっと動悸が治まらない。恋をしても割といつも平常心なわたしが、こんなに一日中ドキドキしてて大丈夫なんだろうか…。

4wの時に受診したら、心拍確認どころか、まだ胎嚢すら微妙な判定で(おそらくこれでしょうレベル)、職場にまだ報告していない。今日は1日中棚卸し的な作業で、脚立に登ったり重いものを持ったりする心配があったが、比較的座ってできる場所だったので良かった。

うーん…できたら今週も受診してくださいって言われたけど、毎週行くのは時間とお金の面でキツイなぁ。このまま痛みや出血が無ければ、心拍確認できる6-7週まで待ちたいな。

…やっぱり直属の上司には話そうかな。
とにかく引き続き無理をせず、穏やかに過ごそう。


寛解用文

非表示 11:09

自分が呪われていることに気付いたのはまだ早いほうだったと思う。

うちは三姉妹。
小さい頃は真ん中の私はよく一人になって姉と妹が一緒に仲良く遊んでいることが多かった。
しかし、私が小学校高学年にあがる頃に中学に入学した姉はいつからか家庭内ではひどく気分屋になって、そんな姉への接し方が分からなくなった妹は小学校に入学したこともあり次第に私と行動することが増えていった。

歳が近いこともあり妹とはよく喧嘩をした。
去年成人を迎えた妹は、その頃の自分について「理由もなく姉に対してひどく生意気な態度を取っていた」と今になって笑いながら言うほどに、妹が原因だったことがほとんどだった。
私が持っているものを取って逃げたり。突然口喧嘩を売ってきたり。

私の呪いが発揮したのは、それに応戦する瞬間だった。

私の顔を見ながら罵倒する妹の目を見た瞬間に「生意気なこいつを暴力でどうにか懲らしめてやりたい」と思った。油を注がれた焔のように、その感情は一気に私の身体を支配した。

そして、自分より体の小さい妹を思いっきり叩いたり蹴ったりした私は、当然ながらいつも最後は母親に叱られた。

そうして、そういうことを何度か繰り返しているうちに自分の中にその焔とは別のところで違う感情が小さく火を灯していることに気付いた。

「お母さんと同じだ。」

最初は単純な感想のような感情だった。

私たちが小さい頃から母親は叱るときにすぐに手が出る人だった。蹴られたことも何度もあった。それが「普通」なのかどうかなど疑ったこともなかったし、友達の家は違うのかなどもあまり気にしたこともなかった。
大人になった今でもあれが「正しい」のかわからないままだ。

ひとつだけ確かなのは、子供の頃の私はそれが「嫌だった」ということ。

そして、何度か火を点けるうちに、その感情は「諦め」や「自己嫌悪」というものに変わっていった。

「私の中にもお母さんと同じように衝動的に人に暴力を振るいたくなる血が流れているんだ」
「お母さんの子供である以上この感情は抑えられないのかな」
「私がお母さんになったら、私もお母さんみたいに子供を叩いたりしてしまうのかもしれないな」

生意気な妹を見ているその一瞬だけは、小学生にしては色々と深いことを考えてしまっていた。

でも、おかげでそれが「呪い」のようなものだと気付けた。

泣いている妹の横で叱る母親を見つめながら、私は子供ながらに将来自分が母親になることに対して恐怖を覚えた。

そうして、その感情の正体を分かり始めた頃から段々と妹へ暴力を振るうことは減っていった。
妹が精神的に成長したこともあるかもしれないが。

母親のことを反面教師にして生きることにしている今となっては、そこで気付けた「呪い」はもうほとんど解けているような気がするが、未だに子供を作る予定も相手もいないから、これから先またその「呪い」が私を変えてしまうかもしれない。

そんなときに「呪い」を寛解するための道具として、この文章を書いた次第だ。

どうか、もうこの「呪い」を痛感する日が二度と来ませんように。


非表示 08:05

可愛いって連呼されてたせいで
うっかり自分がめっちゃ可愛い人になった気になってたけど
そんなわけはなかった。

同い年だけど年上みたいな感じがして
愛でられる感覚が懐かしかったな

年下に言われるのとではやはり違う
なんでだろうな
多分それは私の心持ちの違いかな
どんなに愛でてくれても、可愛いと言われても
なんか違う

あー。
年下、というくくりよりも
男っぽいかどうか、なのかもしれないなぁ
今の若者は中性的だしね
見た目は男っぽい人でも中身はやっぱりそうだし

男の人、って感じの人が私は好きなのかも
でも、付き合うとなると難しかったりして
メインが中性的な優しい人で
サブが男っぽい人だとバランス取れるのかもな


非表示 07:25

特別な教訓を学ぶために生まれてきて、問題にどう対処するのが一番いいのかを突き止めるチャンスが与えられるよう人生では同じことが何度も繰り返し起こると信じています。毎年のカレンダーが過去の出来事と未来への期待の両方を思い出させることを考えれば、このような見方をしてしまうのも容易に理解できます。でも、今あなたの世界で起こっていることは、これまで一度も起こらなかったことです。すがすがしいほど新しい何かを前にして、これまでと同じようなやり方で片付けてしまいたいという気持ちに駆られてはなりません。


非表示 06:07

チョコチップが惜しみなくはいったクッキーって大好き。
どこを食べてもクッキー生地とチョコチップがついてくるなんて最高だ。
こういうクッキーに出会えると、この黄金比をわかっている人がクッキーに携わるという仕事を選んでくれたことに感謝する。
人がどういうことをすれば喜ぶか?どういうことをしたらがっかりするのか?そんな当たり前だけど、この気持ちを具現化するのは難しいのかもしれない。
やっぱりチョコチップが全然感じられないチョコチップクッキーも存在していて、それにはがっかりしてしまう。コストとかその他色々な事情を加味してクッキーを作った結果がそれなんだけど、肝心の感動がない。
でも、こうしたい!という気持ちとクッキーが好きな人の気持ちに寄り添えば、理想のチョコチップクッキーも誕生するということだ。
チョコチップの少ないクッキーも自分が感動がないだけで、安く沢山入ってるというパターンも多い。そういう「沢山食べたい!でも安く」という声には応えているからそれはそれでいいのか。
みんなの理想すべてには応えられないけど、どこかに焦点をあてて、それに真摯に取り組めば誰かの心には届くのかもしれないね。
心に届いた結果、あと3枚あったクッキーが他の誰かに食べられて1枚になってた。大事なものはちゃんとしまっておかなきゃ

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