早くやろうとすると雑になるし、丁寧にやろうとすると遅くなる。
みんな上手くこなしながら良くやってるなぁ
なんとかうまくやりたいもんだよ
ただぼんやりと、複雑な出来事を経験した人はどうやって回復していくのか、あるいは修復していこうとするのかを考えていたところ。
ひとには心地よいコミュニティが、すんごく大事なんですと、その人は言った。
仕事で行った先で、初対面だというのに。
数は少ないとも、ぴったりのタイミングでぴったりのひとが現れるということが時たま、やっぱりある。
少しずつ秋になってきてる。
毎回、季節の変わり目に思う。
新しい服が欲しいなぁって。
去年の秋、手持ちの服でどのように着こなしてこれたのかがわからない。
去年の自分が不思議でならない。
新しい服が欲しい。
冬になるとまた思う。
久々に会って
というか
覗き込まれて見上げたら、いて
こんにちは
って言い合った
髪の毛切ったんだなー
こんな静かに話せるんだなー
と思った
その前後に姿を見かけていて
あ、日に焼けたぁ
ってそれだけで
うれしくなって
そのあと、直線ですれ違って
こんにちは
こんにちは
って言い合って
それだけて
うれしくてにやけてしあわせ
あー
こんにちは
でも、こんなに温度がちがう
って。
気づいたきのうだけど。
どーにもならないんだよな。
いっそ。
このままでいいか。
ずっと、ずっと、ずっと、
とか思ってみたり。
またそこに戻るのか?
もうよくわかんない
どうやら私はテクノポップ?みたいな音楽が好きらしい。なんかあのへんジャンルの呼び名ごちゃごちゃしてて分からないからそういう風に表現するけど。
生まれる前後くらいに流行ったELOとかYMOとか。
独特の近未来感と宇宙っぽい広がりのイメージ。
過去から学びを得なければ、過去を持つ意味はありません。とはいえ、過去から学ぶことは「言うは易く行うは難し」なのかもしれません。「忘れてしまいたいこと」が過去に含まれている場合、特にそのことが当てはまります。あなたを赤面させたり、動揺させたりする思い出からどうやって学びを得ればいいのでしょう? 最近あなたは過去を振り返ることを余儀なくされています。とりわけ「あなたを現在位置まで導くことになった決断」を見返しているところです。今週起きる三つのグランドトラインは「自分探しはそれで充分」というメッセージを発するでしょう。あなたは成功に向かって歩を進める権利を手に入れたのです。
これまで生きてきて3度目の手術が終わって2日経った。
手術の理由はどれも同じ理由だ。
多分その道の人なら知っている優性遺伝する難病が原因
目立って嫌だからという理由でいつもその部分を隠すような服装でいたらいつのまにか結構な大きさになっていて首を傾けられない程になっていた
術後は皮膚のひっぱられる感じが辛かったけど今は文字通り荷が降りてすごく楽になった
病気については完治させる方法がないからこれからずっと付き合っていくことになってまた同じようなものができるかもしれない
その度にまた手術ってなるのは嫌だなぁ
怖さより疲れとかやりたいことをできないストレスが大きすぎる
もう少しで退院だからそれまでは頑張るぞ
私が人見知りだから、声をかけてもそっけないということにされてた…
あなたがあまりにもうるさくて脳が働かないだけです。
私は話上手ではないけれど、一方的にマシンガンを撃たれるような会話では逃げるしかないのよ。
こうやって逃げられても自分のことを省みず、相手の問題だ!と決めつけて解決する人とは話したくない。
確かに相手の問題だ!と思うほうが楽だけどね。でもそういうふうにはなってはいけないと肝に命じます
財布落とした上に雨まで降ってきて傘持ってないし踏んだり蹴ったりだなぁと思いながら駅からトボトボ歩いてたら、目の前に某宅配会社のトラックが止まってドライバーさんが窓から「○(私の名字)さん?傘ないのー?」って声かけてくれた。
15年以上うちの周辺回ってるドライバーさんで、私のバイト先に集荷に来てたり、田舎からの荷物が多い我が家にも週1ペースで持ってきてくれてたりとがっつり昔から顔なじみの仲良しさん。
「財布落としちゃって」というと、ちょうどうちの方に向かってるところだからよかったら乗せてくよ、と。
ほんとはいけないことなのかもしれないなぁと思いつつも、お言葉に甘えて乗せて頂いた。靴擦れもしててしんどかったから本当に助かった。
ドライバーのおっちゃん、ありがとう。
渋滞にはまってばかりいるからというだけで、あなたの車を新型車と交換してもらうことはできません。また、対決姿勢が控えめな側のほうに味方する形で誰かが問題を解釈しているからというだけで、その人を避けることも賢明なこととは言えません。今週末は、気詰まりな状況から建設的な何かを生み出すことができます。でもその前に、何かまたは誰かを責めたいというあなたの欲求をどうにかしなくてはなりません。このプロセスにはいくらかの内省と和解が必要になってくるかもしれません。でも、その結果から得られるものは大きいでしょう。